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 町屋「無名舎」ご主人、吉田孝次郎さんのお話

 この家は棟上げからもう92年を数えます。今日はこの家を通して見えてくる京町衆の「心意気」についてお話したいと思います。

 私達の今いるところは昔の父の部屋にあたります。ご覧のように電気を消しますと、明かりは雪見障子からもれる光だけでとても暗くなります。京都ではこのような暗く、通風条件が悪い場所は大人の部屋にすることが一般的でした。明るい2階の部屋は主に子供達に与えられていました。

 「京都の人は暗がりばかりを好む」とよく言われますが、それは違います。明るい光の届く南・東側は、日常の生活を取り仕切る場所に残しておく、というのが京都の町屋の大原則なのです。日々の生活を取り仕切る場所、それは即ち台所です。ご覧頂いた方もいらっしゃると思いますが、この家の台所は天井の高い「吹き抜け構造」になっています。上には小さな小窓がつき、明るい光がさんさんと降り注いでいます。この台所の構造は、普段の換気にはもちろんのこと、火事の時多いに役立ちます。火事の時にはあの台所自体が大きな「ダクト」となり、炎を垂直に上げて隣近所に燃え広がるのを防いでいるのです。

 「隣近所に迷惑をかけない」
京都の人達は都市生活者としてのこの重要な点に、かなり徹底して取り組んでいました。
京都の、中でもこの界隈の人達で取り組まれていたことの1つに「規格化」があります。

 この界隈は昔から商人の町と言われ、町全体に商人の心意気が詰まっていました。商人の目標はとにもかくにも「儲けを上げる」こと。そのために彼らはまず、無駄を省く方法を考えました。そして生まれたのがこの「規格化」なのです。我が家にある襖・障子は、実は全部が全部家を建てた時からあったものではありません。他の家から譲り受けたものや、古道具屋で調達し直したものも数多くあります。別の家屋用に作られた襖や障子がぴたっと我が家の規格にはまるのは、昔の人々の行った「規格化」のおかげに他なりません。

 「無駄を省く」心意気というのは、京都の人々の「消費財の買い方」に如実に表れています。日々出入りするお金(雑用=ぞうよう)に関していうと、京都の人はいわゆる「ケチ」と言えるでしょう。しかし彼らは火鉢などの「耐久消費財」は、決して安物買いをしません。「無理やりにでも貯めたお金でいい物を買う。いい物を買えば数代に渡って使え、結局安い買い物になる」。それが京都の人達に共通する買い物の極意なのです。これは何もこの辺りの商人だけの話ではなく、京都の人全体に共通したものと言えます。

 「隣近所に迷惑をかけない」「無駄を出来るだけ省く」。このような京商人の心意気が詰まったのがこの家、この地域です。開放感のある明るい台所、近所から譲り受けた金色の襖、年季の入った火鉢などは、この家がこの地域で生きてきた長い歴史を偲ばせてくれます。

 最近、町屋が「美しい」と言われています。私が思うにそれはきっと、「老いの美しさ」を指しているのではないでしょうか。この家のあらゆる部分には、新しい住宅やキッチンには無い、地域や時代のエッセンスがたくさん詰まっているのですから。

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