京都橘女子大学 文化政策研究センター NEWS LETTRE 第3号
2000年2月24日文化政策の風景」掲載記事
日本サスティナブル・コミュニティ・センター
事務局長 浅野令子
INTERVIEW
ゲスト:浅野令子さん(日本サスティナブル・コミュニティ・センター事務局長)
聞き手:金武創(文化政策研究センター開設準備委員)
インターネットで社会参加を
――まず、NPO「日本サスティナブル・コミュニティ・センター」(以下SCCJ)設立のいきさつを。
浅野 立ち上げたのは今年(1999年)1月です。ここ数年、インターネットが急速に広がり、一方で高齢化も確実に進みました。今後、この動きはいっそう加速するでしょう。でも、高齢者は人生そのものをリタイアしたわけではないし、第三の人生を意味あることに使いたいと思う人も多いわけです。このような高齢者の環境に気づいたパソコンスクールの社長と、視覚障害者の就労に使命を感じて熱心に取り組んでいる企業オーナー(彼自身も視覚障害者ですが)との出会いが、高齢者と障害者とインターネットを結びつけることになりました。つまり、情報弱者になりがちな障害者や高齢者を対象に、インターネットを使いこなす教育を行い、受講者はその成果を仕事というかたちで社会に還元し、より豊かな社会の構築に加わってもらおうと考えたわけです。
――具体的な活動は?
浅野 柱になっているのは「視覚障害者のためのインターネット講座」(表紙写真)、「在宅者のためのインターネット講座」と、これらの講座の講師の養成です。たとえば視覚障害者の場合、中途失明者が意外に多く、点字が読める人は一割弱という統計があります。また、仮に点字が読めたとしても、点字ボランティアの助けが必要です。でもインターネットが使えれば、音声リーダーという機械によって、自分でメールを送ることができ、いろいろな人とのコミュニケーションや情報収集が可能になります。
音声リーダーを使った講座は、マウスを使う必要がないので、高齢や障害のためにマウスを上手にクリックできない人にとっても有効です。将来的にはそれらの人たちにも範囲を広げたいと思っていますが、いまは「視覚障害者のためのインターネット講座」として毎週、京都市生涯学習振興財団(以下、通称「アスニー」)と共同で運営しています。「在宅者のための出張インターネット講座」もアスニーとの提携事業で、身体的な理由や「老々介護」のために外出が難しい人たちを対象に、自宅に出張してインターネット教育を行い、自宅から情報発信や社会参加をしてもらおうというものです。
また、視覚障害者だけでも全国三〇万人と言われていて、その方々にインターネット文化を享受してもらうためには、多くの講師が必要ですから、これらの講座で学んでインターネットが使えるようになった人たちを対象に「インターネット講座のための講師養成」を行っています。将来は障害を持つ方自身が教える側に立っていただきたいと思っています。
障害者や高齢者などゆるやかな雇用の創出を
――これらの事業は、ボランティア活動になるわけですか。
浅野 いえ、「視覚障害者…」は90分授業一コマ2,000円、「在宅者…」は交通費も含めて一時間3,000円をインストラクターにお渡ししています。たとえ少額であっても有償にすることで、教える側も学ぶ側も真剣さが増しますし、働きがいや生きがいにもつながります。
――しかし、NPOやボランティアには「弱い人を善意で救う」というイメージが強くて、課金によって活動自体が活性化するという考え方はまだまだ…。
浅野 危険領域ですね(笑)。実際、「無償で、苦しい」と言っているほうが簡単ですよ。でも、それでは経済的に続かないし、大きくなれないし、社会的なインパクトもない。いま京都市だけでも視覚障害者は何百人もいらっしゃるわけで、もっと大きなレベルのネットをつくらないかぎりはカバーできず、「みんなに喜んでもらって、よかった」で終わってしまう。それはあまりにも残念だし、自己満足です。
それに、障害者が講師になれば、障害者年金の不足を補うことができ、経済的な自立につながります。もちろん高齢者や主婦も同様で、私たちはこれを「ゆるやかな雇用の創出」と呼んでいます。身体的・物理的な条件は不利でも、社会的に意義あることに参加して、少額でも収入を得られるかどうか、これは持続可能な社会の形成にとって大切なテーマだと思います。
――いまはまだパソコンを誰もが持つという状況ではないと思いますが。
浅野 安くなったとはいえ、インターネットの接続料などを含めると3、40万ぐらいかかるうえ、使いこなせるかどうかもわからないし、なかなか踏み込めないのは当然です。そこで私たちは、中古パソコンにLinuxのような軽いOSを搭載して、インターネット端末として動かそうと考えました。もちろん、これも無料ではありませんが、一台一万から三万円と格安で提供できます。売る方も買う方もメリットがあり、かつ中古パソコンのリサイクルにもなります。これがパソコンを格安で提供する「PCアップサイクル事業」です。
――雇用創出事業は具体的にはどのようなかたちで行われるのですか?
浅野 こうしてインターネットを使えるようになり、パソコンを手に入れた人たちに、文字情報のデジタル化に参加してもらうのが「オープンテキスト事業」です。日本も情報公開の波には抗えず、議事録その他行政文書や学術情報のデータベース化が徐々に進んでいますが、講座を受講した人たちがこの入力・編集・校正作業を請け負えば、ゆるやかな課金制度で収入につながり、行政も企業に発注するよりは安く済みます。
以上、インターネット講座・PCアップ・オープンテキストの三つの事業によって、人材育成と雇用創出の展望はある程度見えてくるのではないかと思っています。
伝統文化を21世紀に活かして
――電子の社会には「生の出会い」がないなどの懸念がありますが。
浅野 そうですね。インターネットの世界に埋没してしまうと、伝統や文化の要素を見失いがちですが、私たちは本来「持続可能な経済・社会・環境・地域固有の文化の継承と形成に向けての研究と実践」をめざしていて、インターネットはそのための重要なツールなんです。
それで、生活と環境という視点で京都のまちを見て歩こうというワークショップを、アスニー環境企画の一環として行いました。 そのなかで、いくつか新鮮な発見があるんです。たとえば、京間というサイズで統一されている京町家は、建具のサイズも統一されていて、どこへ引っ越してもすぐに暮らせるようになっていた、つまりモジュール文化の先進を切っていたわけです。あるいは、住友や三井といった財閥は川の半分を自費で運河にして、流通に役立てていたし、和菓子などの老舗にしても、コミュニティのみなさんに愛されたからこそ続いてきました。いまでいう「フィランソロピー」ですが、そんなことばが生まれる前に、コミュニティに対する企業の社会的な責任をちゃんと果たしていたんですね。
私たちは、かつての暮らし方や地域社会を見直し、現代にうまくつなげていきたいと考えています。言い換えれば「伝統文化の二一世紀的活用」です。それも福祉・経済・環境といったセクターに分けるのではなく、総合政策というかたちで提言していきたいし、そのための資料集めや情報発信をしていきたいと思っています。
起業とNPOと情報で夜を徹した研究会も
――先日、ユニークな研究会が開かれたと聞きましたが。
浅野 SCCJの目的を果たすには、NPO的な団体などに広く呼びかけ、インターネットをキーワードにしたコミュニティを広げることが欠かせません。また、企業とNPOの関係など研究課題もたくさんあります。それで、情報・ベンチャー・NPOという三大噺をミックスした討論会を開こうと呼びかけました。
当日の第一部は起業家・NPO関係者・学者・学生・官僚・シンクタンク系研究者など約150人、夜を徹した「ひざ詰めディスカッション」にも100人以上と、予想だにしない盛況ぶりでしたが、実は、参加者のメーリングリストで事前に少しずつ論議を盛り上げていたんです。これが当日の白熱した討論につながったと思うので、やはりインターネットが果たす役割は大きいですね。
また、企業や行政やNPOというセクターを越えて、何かしなければ…と考えている人が多い、ということも実感しました。おそらく、企業や行政の歯車ではなく自立した個人として生きたいという熱い思いを抱いて来られたのでしょう。すぐに具体的な方向性は出ないにしても、今後、参加者のメーリングリストで論議を続けていきたいと思います。
柔軟なシステム、活発な人材交流
――浅野さんとSCCJの接点は?
浅野 私は兵庫県の外郭団体・兵庫文化交流センターの職員としてアメリカのシアトルで日本語や社会科の先生のトレーニングの仕事を12、3年間していました。アメリカでは博物館など文化・教育の仕事のほとんどをNPOが担っています。同時にシアトル大学大学院で二年間、非営利団体の管理職マネージメントを学び、修士号を取りました。そのうちに日本でもNPOの活動が盛んになってきたので、帰国しました。この機を逃すと一生戻れないかもしれないと(笑)。
NPO研究フォーラムでリサーチやイベントコーディネートを、気候フォーラムで海外招聘を担当した後、このパソコンスクールの社長や視覚障害者の方々と出会って、SCCJの立ち上げに加わりました。
――WTO閣僚会議の一件では、NPOがあれほどの影響力を持ち得るのかと驚きました。
浅野 最大のポイントは、人材交流でしょうね。アメリカでは、NPOのトップが突然、政府のスタッフになったり、またその逆になったり、常に人が動いています。国際会議の政府代表にNGOメンバーが名を連ねていることもあります。日本の場合、そんなことは考えられないでしょう? 日本のNPOが企画性やプレゼンテーション能力を高めていくには、硬直したシステムを変える必要があると思います。
行政や企業をまき込んで
――今後の課題は?
浅野 京都だけではなく各地のコミュニティに活動の核をつくりたいし、そのためには講師養成をはじめとした各事業の質も量も高める必要があるし、他のNPOとの連携・協力も大切です。課金制度など、法律に抵触しない範囲の枠組みで、しかもみんなの思いをかたちにできる事業や政策モデルも必要ですね。この点では研究者のみなさん、ぜひご協力ください(笑)。
学生のインターンシップも大歓迎です。まだ立ち上げたばかりですから、一からつくっていく醍醐味を味わってもらえると思いますよ。
私自身の指向としては、企業や行政など未消化のエリアを開拓して、NPOの可能性を広げたいと思っています。
*注1 NPO(non-profit organization)民間非営利組織。
*注2 サスティナブル・コミュニティ(Sustainable
Community)福祉、経済、環境を融合させた持続可能な循環自律型コミュニティ。
*注3 モジュール――できあがった建築が使いやすいように、人間の生活動作に必要な一定基準をつくったもの。
*注4 シアトルで昨年11月末から開催された世界貿易機構(WTO)閣僚会議に反対する非政府組織や圧力団体が、数万人のデモで会場周辺を封鎖し、その一部が暴徒化した事件。商店街が破壊され、夜間外出禁止令が出るなど異常事態に陥った。
*注5 NGO(non-governmental organization)民間非政府組織。
Profile 浅野 令子
1957年滋賀県生まれ。シアトル大学大学院にて、Executive
Master of Not-for-profit Leadership(NPOマネジメント修士号)を取得。シアトルをベースに日米・教育交流事業に従事した後、現在、日本サスティナブル・コミュニティ・センター(NPO)事務局長。共著に『NPOが拓く新世紀』(清文社、1999年)、『NPOデータブック』(有斐閣、1999年)など。
学生時代の自画像――学生を3回しているので、その時にもよりますが、だんだん自分の内面と近くなっています。若い時ほど自分に対しつっぱっていたように思います。
学生時代に感動した書物、映画、音楽、舞台など――映画は良く見ました。特にヨーロッパ映画。歌舞伎も南座に見に行ったり。私の年にしては背伸びをしてボブ・ディランに凝ったりして。
リラックスできる場所、空間、時間――猫と日光浴。
現在、仕事以外に熱中していること。関心を持っていること。――趣味も仕事もNPOと芸なしです。今年は日本の古典芸能でも習ってみようと思っています。
行ってみたい場所――トルコにある遺跡が底にある温泉で泳いでみたい。
自分の夢――財団を作り、少し人的・金銭的サポートがあれば、飛躍的に成長する女性に対し奨学金を出したい。