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掲載日時: 2001-9-14 16:20:00 (67776 アクセス)

「京都発 New Energyと持続型社会」
2001年9月29日(土) 18:20-20:40

20世紀の高度成長経済は、結果として、私たちの社会に様々な歪を生じさせました。それは、人類の存在すら脅かしかねない重大なものです。今、人類存続のためのキーワードとして「持続型社会」への転換が提案されています。それは、人が個人として尊重され、環境にやさしい社会です。そして、企業のあり方、福祉社会、コミュニティーのあり方、教育、環境問題等全てが関連します。持続型社会とは何か、その構築のために京都は何をすべきかについて、新エネルギーと情報を切り口として、皆様とともに考えて見たいと思います。

2001年9月29日(土) 18:20-20:40
場所 池坊短期大学 6階第2会議室(京都市下京区室町四条下る鶏鉾町491)
http://www.ikenobo-c.ac.jp/access/access.html
参加費:SCCJ会員無料、非会員1000円 学生無料

【スピーカー】
●略歴 (敬称略)
上林 匡 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)新エネルギー導入促進部長/社会福祉士
1955年京都府舞鶴市生。1980年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了後、通商産業省入省。資源エネルギー庁企画官、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO、米国ニューヨーク)契約部長、四国経済産業局総務企画部長等を経て、2001年より現職。公務にて、気候変動防止枠組み条約交渉、ケア住宅開発、医療情報化、福祉産業振興等に従事。この間、地域研究市民集団「丹のくにフォーラム」設立、舞鶴在宅介護者の会設立等地域活動にも関わる。

藤川 賢治 京都大学大学院情報学研究科知能情報学専攻 助手
http://www.lab1.kuis.kyoto-u.ac.jp/~fujikawa
超高速・高機能次世代インターネットコンソーシアム 副代表
(Real Internet Consortium : RIC) http://www.real-internet.org/
1995年京都大学大学院工学研究科博士後期課程情報工学専攻入学、1997年京都大学大学院工学研究科情報工学専攻助手、1998年より京都大学大学院情報学研究科知能情報学専攻助手
■研究内容
・MIS、6月末から渋谷などで街角無線インターネットの実証実験
 http://ascii24.com/news/i/net/article/2001/06/07/626793-000.html
・常時接続時代のインターネット電話アダプタ対向設置で電話料金がゼロに
 NOTASIP TA  「ODN-318」(1/3)。
 http://www.rbbtoday.com/peripheral/200101/
・INET2000「マルチメディア時代のコンテンツ-Simple Internet Phone-」
 http://www.isoc.org/inet2000/cdproceedings/4a/4a_3.htm
・NOTASIP (Nothing Other Than A Simple Internet Phone)
 http://www.worldaxle.com/research/tao.html
・超高速・高機能次世代インターネットコンソーシアム (Real Internet Consortium
: RIC) −−本当のインターネットを目指して http://www.real-internet.org/
・インターネット常時接続時代の電話のあり方, 第6回 ITRC総会・研究会,
Novermber, 1999. (PDF)
 http://www.lab1.kuis.kyoto-u.ac.jp/~fujikawa/paper/ipphone-19991118.pdf


ご質問、お問い合わせ SCCJ島原まで shimahara@sccj.com 

申し込み  http://www.sccj.com/cgi/ecommunity/form.htmlもしくは 
ファックス 075-257-3778

氏名               所属団体 
電話           ファックス          電子メール 
□ SCCJ会員 無料
□ 非会員 (1000円会場で徴収いたします。) 
□ 学生 無料
□ 交流会に参加する (3000円程度実費払い)


掲載日時: 2001-9-8 16:19:00 (135553 アクセス)

■テーマ:「文化と経済の循環サイクルを探る」

講師  琵琶湖ホール 上原 

<「琵琶湖ホール」建設の経過>
滋賀県は1972年文化の幹線計画を立てた。図書館・美術館・博物館・文化芸術会館を琵琶湖の周りに造ろうというもので、「琵琶湖ホール」という名前ではなかったが、県民文化会館の建設もその計画の中にあった。滋賀県は京都に都ができてから1000年以上、人・物・食品を出す「京の台所」の役目を果たしてきたという歴史的背景がある。
 滋賀県では百貨店・ホテル・映画館といった「都市的文化装置」が無く、「都市的文化装置」について「行政需要」があった。その中で一番難しかったのがホールの建設で、’86年から6年間検討し、やっと四面舞台のあるオペラホールを造るという構想が固まった。デザインコンテの提案から、実際に着工するまで国内最高の人材に専門委員として加わってもらい、3年間議論をした。この土地は元々琵琶湖を埋め立てて公園にする計画であったのを、少し埋め立て部分を膨らませてホールの敷地としたもので、建築に3年かかり’98年9月5日開館、ちょうど3年経った。

<「琵琶湖ホール」の目指すもの>
「琵琶湖ホール」には3つのホールがある。オープニングの年にボローニャ歌劇場の引越し公演を行ったおかげで、すばらしい音響、すばらしい環境だという評判はたちまちイタリアだけでなくヨーロッパ各地でも知られ、関西でやるなら是非「琵琶湖ホール」でと言われるようになった。カラヤンさんは「良い演奏には3つのA{Atmosphere(環境)Acoustic(音響)Artist(演じる者)}が必要だ」と言ったが、「琵琶湖ホール」にはもうひとつのA=Audience(聴衆)が必要である。
ホールは何を作り、何を提案していくのかが使命で、建物ができて始まるものだ。「琵琶湖ホール」は、芸術監督に若杉ひろしさん、そのほか、演劇・商業企画のプロデューサーと、物によって持つことのできない知恵を外部からお借りし、さらに少人数だが声楽アンサンブルを抱え、すばらしい技術スタッフがいて、日本最高のクルーだと言われている。滋賀県の観客は大変すばらしいが、それは経済的・文化的な豊かさが背景にある。東京から来られた図書館長の前川つねおさんは、「文化とは需要があって供給するものではない。供給があって初めて、需要が創造されるものである」と言われたが、文化だけでなく食もそうで、いいものをどんどんっていけば、食う能力は誰にでもある。やる方は大変だが、見るほうはすぐに上達してすばらしい観客になる。

<公共ホールの役割>
 公共ホールは税金を遣って運営される。「琵琶湖ホール」では平成12年度18億円使っており、事業収入は3億円弱、一般財源から10数億円出ている。これだけのお金を使って、民間でできないもの、営業ベースでできないものをするのが、公共ホールの役割である。海外の歌劇場は税金や企業メセナで運営されているが、日本ではそういった芸術を支える仕組みが確立されていないことが問題点である。

<公共ホールの目指すところ>
芸術は生きる力になる。若い人たちにいいものを見てもらうためには税金の力が必要である。そして、今の若い人たちには精神力を鍛える、心を支えるもの「芸術」が必要である。芸術はまた年寄りにも生きる力になる。ホールの近くに住み、観劇を楽しみに日々を元気に送ることができる、これらは時代の変化でもある。芸術はまた、ソフト産業の先端技術面を担うものである。産業を担っている人、先端技術を担っている人にこそ、世界の現在に触れてほしい。

<地域の活性化>
 瀬田は元々畑であったところに龍谷大学の誘致に成功した。立命館大学も移転し、文化教育ゾーンに変化したことで民間も次々と出店し、集積による活性化がおこった。ここ「琵琶湖ホール」の近くでも、パルコの客層が今までの若者中心から年配までに広がり、琵琶湖ホテルも移築され、ますますの集積を目指している。

<滋賀県の付加価値を高める>
 古くから「京都の台所」といわれ、少し前までは「近畿のチベット」とも言われていたが、今では都市文化装置の集積により付加価値が高まり、人々の意識は変化した。この集積により消えたものがあることも事実で、すべて良いとはいえないが、少なくとも現代を生きるわれわれに必要なものができたことは良いといえる。 シドニーにオペラハウスがあるように、滋賀県の観光パンフレットには「琵琶湖ホール」が必ず載っているように、「ホール」の催事が、歳時記のように地元の生活に盛り込まれていくように、プログラムを心がけている。


掲載日時: 2001-8-23 16:16:00 (72615 アクセス)

SCCJエコミュニティ研究会・NPO研究フォーラム共催
http://www.sccj.com/
http://www.osipp.osaka-u.ac.jp/janpora/forum/forum.html

びわ湖ホール 上原恵美副館長とともに 文化と経済の循環サイクルを探る

2001年9月8日から

びわ湖を渡る風の音で秋の到来を感じる9月初旬。今回の研究会はびわ湖に舞台を移し、びわ湖ホールにおいて、「文化」、「経済」、「文化政策」に蜜月があるのか、上原恵美副館長から現場の声をお聞きします。上原さんの案内で、普段は見られないびわ湖ホールの舞台裏も見られます。「文化」を裏表から楽しめる研究会ですので、遠くからもぜひお越しください。

場所: びわ湖ホール 〒520-0806 滋賀県大津市打出浜15番1号
http://www.biwako-hall.or.jp/j/
http://www.biwako-hall.or.jp/j/access/index.html
参加費:SCCJ会員、NPO研究フォーラム会員無料 非会員1000円 学生無料

15:30 びわ湖ホール 上原恵美 副館長によるレクチャー、ホール見学
17:30 淡海ネットワークセンター見学
18:30 関西をこよなく愛する方々との懇親会 

上原恵美 氏 略歴
宇都宮市生まれ。68年東大教養学部卒、労働省入省。78年滋賀県に転出、県立近代美術館館長、商工労働部長、政策監、びわ湖ホール開設準備局長を経て現職。
日経ネット関西版  http://www.nikkei.co.jp/kansai/wind/507.html
芸術アートエクスプレス http://www1e.mesh.ne.jp/plazanet/kou/g1-8.pdf

ご質問、お問い合わせ SCCJ浅野まで asano@sccj.com 

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申し込み  sanka@sccj.com もしくは 075-257-3778
氏名               所属団体 
電話           ファックス          電子メール 
□ SCCJ会員 もしくは NPO研究フォーラム会員 無料
□ 学生 無料
□ 非会員 (1000円会場で徴収いたします。) 
□ 交流会に参加する (3000円程度実費払い)


掲載日時: 2001-7-13 16:16:00 (96625 アクセス)

2001年7月13日 エコミュニティ研究会 SCCJ公開リポート 

■ テーマ  ネット上での協業、会社運営とは
「Y’s  STAFF」に学ぶ
講師 「Y’s STAFF」代表 田澤 由利

<Y’s STAFF設立までの経緯>
大学ではコンピュータとは無縁だった。ところが、おじからもらったパソコンの、ソフトを入れ替えたら別のことができてしまうところに引き付けられて、コンピュータメーカーに就職を希望した。実家のある奈良にUターン就職という形で、シャープ株式会社のパソコンの企画をする部門に入った。天職だと思い、地元の奈良で仕事をして、育児休暇もいただき、平和に人生を送ろうと思っていた。
しかし、結婚したいと思った相手は生命保険会社の人だった。生命保険は転勤が多く、こういう人と結婚して2、3年おきに全国を転々とするとなると、どうしても定職には就けないだろうと考え、かなり悩んだ。しかし、仕事はやる気さえあればできるのではないか、結婚相手はそんなにはいないだろうという判断から、結婚を決意した。案の定、結婚式2ヶ月前に、仙台への転勤を言い渡された。結局、半年間は仙台と奈良で別居し、その後、仙台にあるシャープの子会社であるコンピュータ販売会社へ出向できた。おかげで何とか仕事は続けられた。
 ところが、妊娠6ヶ月くらいの時に切迫流産で入院し、主人の転勤という状況に陥った。会社には勤めたかったし、仕事をしたかった。シャープという会社も非常に好きだった。この時は夫に付いていくのが大前提だったので、泣く泣く退職という道を選んだ。

会社を辞めた途端、自分は社会から取り残されてしまった。
今から9年くらい前のことだ。長女を妊娠中だったが、何とか仕事がしたかった。地方にいても、お腹が大きくても、子供を生んでも、育てていても、ずっと一生できる仕事というのはないだろうかと考えた。当時はパソコン通信のメールが普及してきたところだから、地方でも書く仕事ならできる。ライターになろうと決意した。編集経験もなく、もうすぐ出産する、東京にも行けないという状況で。今思うと非常に無謀だったと思うが、何とか仕事がしたいという思いが強く、毎日のように、出版社や知り合いに企画書や履歴書を送っていた。すると、新しいパソコン雑誌を出すというある出版社の編集長がライターを探しているのを聞きつけた。「いい企画があれば考えても良い」と言われ、毎日また企画を考え、提出し続けた。すると「これ面白いかもしれないね」と反応があった。その矢先に今度は妊娠9ヶ月の時に、切迫早産で入院せざるを得なくなった。今ここで入院したら、絶対仕事は来ないと思った。病院のベッドの横に電話があったので、編集長に「電話番号が変わります」と言った。入院して3、4日目に編集長から「連載が決まったのでお願いしたい」と直接電話があった。初めて仕事をもらったのが病院のベッドの上だったという、ライターとしては大変なスタートを切った。そして、岡山から名古屋への4回目の転勤。その後次女の出産。赤ん坊が泣く中、自分のホームページを作ったり、多い時で1年に3、4冊の本の出版をした。自分としては一生懸命がんばってやってきた。
 
名古屋には4年ほどいたので、仕事がうまく流れていたが、ある日、主人から北見市へ転勤が決まったと電話があった。北見市とは、北海道のオホーツク海側、網走の左下の方で観光地とは離れている。人口11万人くらいの、オホーツク地方では一番の商業地域だ。今までは名古屋だったので、何とか東京へ出て出版社まで行けたが、北見に行っては仕事も来ないだろう。さすがにライターとしての仕事も終わりかなと思った。
ところが面白いもので、当時インターネットが普及し始めていて、SOHOとか在宅ワークにスポットが当たりだした。つまり「名古屋でライターをしている田澤さん」よりも「北海道の北見で子供が3人いて仕事をしている田澤さん」の方が、商品価値が高かった。雑誌やテレビ、新聞の取材、講演依頼が増えてきた。地方で子どもがいてもインターネットを使って仕事をしているということがもてはやされた時期だった。
結婚、出産、夫の転勤、親の介護などいろいろな理由で会社に勤めることができなかった女性がたくさんいる中で、私のような記事が出ると、「そんなに北にいて子どもが3人いてもできるのなら、東京にいて子どもが2人の私にだってできるじゃないか」と夢を与えてしまった。「どうしたら田澤さんみたいに仕事が得られるのですか」と質問がたくさん舞い込んできて、その答えに詰まってしまった。何とかその答えを出したかった。どうにかして、SOHOでも、在宅ワークでも、電脳内職と言われる仕事ではなくて、やりがいがあってお金が稼げるバックスタイルはできないのかと考え始めた。
 
<Y’s STAFF設立>
どうしたらSOHOでも仕事ができるのかと考えた時、まず、実際の社会を考えてみた。自分で営業も商売も全部できる自営業。大きな会社に属して、複数の人間で協力し合いながら、仕事ができる会社員。そして、自分の好きな時間を使って、好きな働き方ができる、かなり自由度の高い、でも多分収入は低くなるであろうアルバイターやフリーターなどである。
ところが、ネット上では、デザインやプログラミングができる、またはコネがあるなど自分で全てができる自営業に当たるプロフェッショナルSOHOと名付けられた人たちがいる。そして、今回のSOHOブームでアルバイトとして在宅ワークをしたいと思う人たちがいる。
しかし、何らかの理由により会社を辞めた人たち、例えば、商品開発の企画部で活躍していたAさんがネット上で仕事をしようと思っても、企画は1人でプロフェッショナルにできる仕事ではないのである。といって、データ入力やテープライターなどでは自分の持っているノウハウや技術が活かせない。つまりAさんの働く部分がないのがネット上の現状である。そこでネット上でも、みんなが力を合わせて、1つの仕事をやっていく会社のようなものがあれば、やりがいある仕事が発生するのではないかと考えをまとめたのである。
「チームSOHO」というのは私の造語である。みんなが会社に通って、1つのオフィスで仕事をするのと同じような感覚や意識で、一緒に仕事ができる環境をネット上に作る。このコンセプトをホームページで提案した。しかし、提案するだけでは納得してもらえない。自分でビジネスとして成り立つことを証明しないと意味がない。とにかく形を作って証明するということが大切だと思い、3年前に有限会社を設立した。
 
この「有限会社 ワイズスタッフ」(Y’s STAFF)のYは田澤由利の由利のYと、英語の賢明なという意味のワイズをネット上で能力のある人を活かしたいという意味を込めて付けた。本社は奈良県生駒市。当時は北見に住んでいたが、転勤があっても確実に動かない実家に本社を置いた。資本金は最低限の300万円。売上は最初の半期で1,000万円。1999年度が5,600万円。3月末で締めた2000年度が9,600万円を出すことができた。
 
<Y’s STAFFの現状>
設立当時の社員は私1人で、社宅のサンルームにパソコンを1台置いて始めた。今は社員が4名に増え、契約スタッフも当時は20名弱だったのが50名位になっている。実際には社員ではないのだが、「ネットメンバー」といって、ネット上で社員のような意識をもって働く仲間がいる。9割以上が女性である。基本コンセプトとしては請け負ったすべての業務をネット上でする。ネットワークがオフィスということをみんなで実践したいと考えている。
下請けはしない。できる限り、直接仕事をもらい、要望をしっかり受け取り、フットワーク良く、やり取りする。「安かろう、悪かろう」のSOHOワーカーを作りたくないためにも頑張った結果、取引をいただいている。
 業務内容は、ネットコンテンツの企画、作成。これもタイミングよく、女性のホームページやサイトがここ1、2年流行った。メールマガジン、ニュースの編集。私はライティングが得意だったので、その方面に強くなった。そして、インターネット上でのマーケティングはやっていく上で学んだ。本を書いたりセミナーを開催したり、講演を業務のメインとしている。
 業務形態は、大きくなってくると、すべてをネット上で、また、私1人でやることができなくなり、ローカルなオフィスとの共同運営も必要だとわかってきた。普通の会社で言えば、総務部にあたる北見オフィスをおき、物理的な業務を集中的に行っている。
50人のメンバーへの連絡網はメーリングリスト。そして、「プロジェクト」と呼ばれる仕事単位で、「○○会社のホームページ作成プロジェクト」というようにネット上に会議室を用意している。プロジェクト毎に、ネット上でみんながけんけんごうごう論議しあいながら、仕事をしている。
 ネットワークオフィスでは私が社長をしている。その下のプロジェクト推進部にマネージャーがいて、私が兼任している。その下にいろんなプロジェクトチームがあって、それぞれにチーフを置いていて、実際の作業スタッフがその下にいる。マネージャーから下の固まりを「ユニット」と呼ぶ。そして「ローカルオフィス」と呼ばれる北見オフィスのスタッフがネットメンバーを支える形態を取っている。
 私が兼任しているマネージャーはメンバー50人を見ている。今の50人という数は私がマネージャーをして行く中で、最大の数字である。スタッフを増やすにはマネージャーを増やしてユニットを増やす。このためにはユニットの運営方法を組織化、あるいはシステム化することが必要だ。
 
チームSOHOのメリットは、在庫や社員を抱えないために安全に経営できること。ネット上なのですべてのやりとりが記録される。だから、ちょっとしたミスがトラブルになった時に、ログを見れば一目瞭然である。また、複数の目が入ることで、質の高い仕事ができる。そして、それぞれ住んでいる所も前職も全然違うメンバーを構成することにより、いろんな仕事ができる。普通の会社であれば、とてもそんな組み合わせでは仕事ができない。
 また、個人の仕事ができなかった人たちも、営業をしなくても、仕事を手に入れることができる。孤独感や不安感を感じずに仕事をすることができる。また、急なトラブルでもフォローし合える安心感がある。
そして、地方在住でも参加できる。
それから、経験、実力、自分のライフスタイルに合った働き方を自分で選ぶことができる。
 
デメリットは、人的要素が仕事の全体の質に影響しやすい。ネットで仕事をすることは、とてもナーバスで、不安定なことである。目に見えない相手のことをコントロールするには、適性が必要である。その人の意志を見極めてやっていかないと、絶対に品質にも関わってくるし、全体の和も崩れる。そのために、それだけお金と時間と体力をかけてまでも、人を選んでいる。私自身もネットで協力し合ってやるということが、いかに難しいか、いかに人の素質によるかを体験した。だからこそ、採用することを狭き門にして、人を選んで参加させているのだ。
 
<Y’s STAFF今後の課題>
できる限り会社の実績を作って、コツコツ大きくして行きたい。営業活動を分散し、ローカルオフィスを置いて、遠隔でも雇用できる体制を作っていきたい。そして、ホームページを使った2次的な広報活動。テレビ会議システムやライブカメラの活用。仕事をしない幽霊メンバーの契約解除による人事面の強化。メンバーのメンタル管理。トラブルが起こったときのための相談窓口。福利厚生。愛社精神を培うことなど考えている。
 
このネットオフィスのおかげで、我々は今、一番住みたい所に一緒にみんなが暮らし、やりたい仕事ができて、非常に充実している。まだまだこれからの課題もあるし、とりあえず今のような形で会社を経営し、もっと会社を大きくしていきたいと思う。

<質疑応答>
○2年半ほどで年商1億円近くに膨れ上がるとどのような感じになるのか?
○田澤:昨年度はネットバブルでいろんな所がネットでお金を使おうと思っており、そのお金がうまく流れてきて年商1億円になったに過ぎないと考えている。そういう意味ではそれほど稼いでいるという意識はなく、自分に取れる仕事は精一杯取って、できる仕事は精一杯やったら収入が昇り調子になったというだけだと考えている。
○スタッフとの関係は?
○田澤:スタッフはSOHOワーカー、個人事業主という位置付け。業務形態としては、ネット上で社員のように皆で協力し合ってするという形態を取っている。契約という面で言うと、会社と個人の業務委託契約。仕事が入ってきた時に、個々に請負契約が発生するのではなく、最初に個別契約のことも書いてある1年更新の基本契約をしている。
○スタッフは自分で保険などに入っているのか?
○田澤:収入が多く、ご主人の扶養から抜ける方は保険も自分で掛けている。ただ将来は収入が安定すれば、コアの人たちは遠隔雇用にして、社会保険も掛けていきたいと思う。
○能力差をどう評価し、他の人にわかるようにしているのか?
○田澤:仕事を募集する時に「今度の仕事はメールマガジンの制作。1本発行につき、スタッフひとり当たりは幾らです」と明確に出している基準額がある。その上で、大変良くやってくれた人には、チーフ判断のレポートにより、「調整額」を付けている。ただこれはもっと人が増えてくるとできなくなるので、メンバーの中でのランク分け、メールマガジン゙1本作ると幾らといった価格付けの表を作成中である。
○大きくするのは共同体としてなのか、あるいは企業としてなのか?
○田澤:やってみなければわからないが、とりあえず今一つのユニットをきっちり固めてからもう一つ作る。イメージとしては「事業部制」だ。事業部制になってマネージャーを年俸制だとすると、ワンユニットでの業績によって、マネージャーの給料が変わる。皆が一緒にがんばれば、皆の給料も上がるとなっていけば、共同体でありつつ、ビジネスとして成り立つ可能性はある。
○1年毎にどの事業部に入るかを自分で決められというのは?
○田澤:考えたことがなかったが面白い。普通の事業部だと、奈良に住んでいるから奈良にだが、ネット上だと自分の申請で、全く別のユニットに変わることができる。普通なら退職するしかない時も、ネットならの柔軟性から、新規にやり直しがきく。
○ネット上での、コミュニケーションのノウハウの蓄積は?
○田澤:議論の手法は経験からである。最初のメンバー5人位が培ってきたものを次の人たちに受け継いでいる。新人をどう育てるのかと言うと、新人は仕事として参加するのでなくROM(Read Only Memory)として、希望する職種に読むだけに入り、みんながやっている流れを見て学んだ後、次のプロジェクトに参加する。その中で出来てきたスタイルが会社のノウハウの1つでもある。最初にお金をかけて決めたものではなく経験からできたものである。


掲載日時: 2001-6-28 16:14:00 (87680 アクセス)

テーマ :ネット上での協業、会社運営とは 『Y's STAFF』に学ぶ
スピーカー :『Y's Staff』代表 田澤由利
場所 :愛きもの・SCCJの館 京都市中京区小川通六角下る元本能寺町386
日時 :2001年7月13日 18:15-20:15
費用 :SCCJ会員無料 非会員1000円 学生無料

有限会社 ワイズスタッフ(通称 Y's STAFF)の実績は、1998年度 1000万円(半期)、1999年度 5600万円、2000年度9600万円。
インターネットコンテンツの企画/作成、記事/書籍の企画/執筆、メールマガジン/ニュースの編集等を行うネット上の会社で、結婚、子育て、介護など、余儀ない理由で社会と離れざるを得なかった契約スタッフ40名を抱えています。一見どこにでもあるようなSOHO型の会社ですが、どこに他社と一線を画すところがあるのでしょうか。今回は『Y's Staff』代表田澤由利さんに、「能力のある人が、その能力を在宅で発揮できる」しくみをお話していただきます。社会的弱者と言われている人たちも視野に入れた情報化による「ゆるやかな雇用の創出」、「地域活性化」に関して議論を深めていきたいと思います。

『Y's STAFF』について
『Y's STAFF』は、ネットワーク上で仕事をするプロ集団です。
しかし、単に仕事を仲介したり、作業を分担するのではありません。その仕事に最適なメンバーがプロジェクトを組み、ネットワーク上で論議しあい、協力し合い、1つの仕事をみんなでこなしていきます。これは、「チームSOHO」というコンセプトに基づく、新しいワークスタイルです。
http://www.ysstaff.co.jp/main/soho/index.htm

Y's Staff
http://www.ysstaff.co.jp/main/

田澤由利
http://www.ysstaff.co.jp/main/recruit/sa_hito2.htm

2001年度 情報システムII−Eコマースとビジネス革新http://www.kbs.keio.ac.jp/kokuryolab/class/info2/2001/


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